海外進出マニュアル

駐在妻が見た世界3カ国のリアル──アメリカ・シンガポール・ロシアで気づいた、海外ビジネスの「現地感覚」

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Leap 編集部
Leap 編集部
海外ビジネスのエキスパートチーム
駐在妻が見た世界3カ国のリアル──アメリカ・シンガポール・ロシアで気づいた、海外ビジネスの「現地感覚」

海外展開を考えるとき、経営者や海外担当者が見落としがちなのが「生活者目線」からの現地理解です。ビジネス書やリサーチレポートには載っていない、現地コミュニティの空気感、文化の深さ、そこで暮らす人々のリアルな価値観。それを誰よりも肌で知っているのが、駐在妻という存在かもしれません。

アメリカ・シンガポール・ロシアの3カ国で駐在妻として暮らし、現在は「グローバル×FP」の視点から日本及び海外在住の日本人を支援する中原美由己さんに、各国の文化・商習慣の違いと、日本企業が海外で成功するために必要な視点を伺いました。


中原 美由己(なかはら みゆき)さん アメリカ・シンガポール・ロシアの3カ国で駐在妻を経験。駐在妻300名に対するネットリサーチで得たデータなどを元に、駐在妻のリアルな姿、本音、生の声を掲載している書籍を出版。現在は、「グローバル×ファイナンシャルプランニング(FP)」の軸で活動中。米国のスタートアップ企業の日本法人の従業員に対してのFP相談を行っているほか、ブログ「Global FP Salon」にて、海外での生活・資産管理・キャリアについて、当事者目線から発信し続けている。


3カ国を渡り歩いた「駐在妻」という視点

──まず、3カ国での経験の概要を教えてください。

アメリカ、シンガポール、ロシアと、まったく異なる文化圏で生活しました。それぞれがあまりにも違いすぎて、「海外」という一言では括れないと今でも思っています。

駐在妻というと「帯同しているだけ」と思われがちですが、現地での生活を回すためには、医療機関の使い方、近隣コミュニティとの付き合い、子どもの学校選びなど、さまざまなことをこなす必要があります。その過程で見えてくるのが、「その国の人たちが、何を大切にして、どう生きているか」という本質的な部分です。

この経験は、夫のビジネスをサポートするうえでも、また現在の私自身の活動においても、間違いなく一番の財産になっています。


ロシア──知性と文化が豊かな、意外な国

──ロシアでの生活はいかがでしたか?

正直に言うと、行く前は怖いイメージがありました(笑)。でも実際に住んでみると、親日派の方が非常に多くて、日本人に対してとても友好的でした。また、知識や教養のある方が多く、文化・芸術への感度も高い。

ちょうど私がいた頃はプーチン政権への移行期で、政治的に激動していました。その影響で収入の逆転現象が起きていて、大学教授よりもタクシードライバーの方が稼いでいる、という状況があったんです。

それでも教授の方々は知識への誇りを持っていて、私たち駐在妻の間では「モスクワ大学の教授に家庭教師をお願いする」というのが口コミで広がっていました。報酬は米ドルでお支払いすると喜んでもらえたので、ロシア語だけでなく文化や歴史も一緒に学べる、贅沢な時間でした。

街中には銅像がたくさんあって、タクシーのドライバーさんが「あれは誰々で、こういう歴史があって……」と教えてくれる。文化や歴史への親しみが市民の日常に自然と溶け込んでいる社会でした。劇場や美術館への外出も頻繁で、課外活動的に友人同士で出かけることも多かった。「文化的な豊かさ」という点では、ロシアは本当に印象的でした。

ビジネスへの示唆: ロシアのビジネスパーソンは教養があり、表面的な関係よりも「深い信頼」を重視する傾向があります。製品スペックやコストだけで勝負するよりも、相手の文化・歴史への敬意を示すコミュニケーションが長期関係の構築に効きます。


シンガポール──狭いからこそ生まれる、独特の圧力

──シンガポールはどうでしたか?アジアのビジネスハブとして人気の国ですが。

シンガポールは「ビジネスをするには便利な場所」だと思います。英語が通じて、法整備がしっかりしていて、インフラも整っている。でも、「住む場所」として見たときには、正直かなり特殊な環境でした。

何しろ国が非常に狭い。その分、コミュニティも小さく、駐在員同士のつながりも密になりすぎてしまう。「あの人がこう言っていた」という噂がすぐ回る、狭い村社会のような側面があります。

精神的に参ってしまって、早期帰国せざるを得なくなった駐在妻の方も少なくありませんでした。シンガポール日本人会クリニックに臨床心理士が常勤するカウンセラーが置かれているほど、メンタルヘルスは現地の日本人コミュニティでも課題になっていたほどです。

また、シンガポールは学歴社会として知られていますが、その徹底ぶりは日本の比ではありません。子どもへの教育プレッシャーも非常に強く、駐在中の子育ては精神的なタフさが求められます。

駐在妻同士のコミュニティも、「狭すぎるし、一人でも完結できる環境があるから」と、あまり深く関わりすぎないように自然と距離を取る空気がありました。

ビジネスへの示唆: シンガポールは確かにビジネス拠点として優れていますが、現地スタッフや駐在員のメンタルケア・コミュニティ形成への配慮が不可欠です。学歴・資格・実績を明確に提示することが、現地での信頼構築において重要になります。


アメリカ──表面はフレンドリー、でも深部は別世界

──アメリカはどうでしたか?最もなじみのある国のようにも思いますが。

アメリカは、日本人が「なんとなくわかる気がする」と思いやすい国ですが、実際に住んでみると独特の難しさがあります。

一言で言うと「表面はフレンドリーだけど、深部には入りにくい」。ロシアとは真逆で、最初から笑顔で話しかけてくれるし、コミュニケーションのテンポも速い。でも、深いコミュニティには簡単には入れない。日本でいう「友だち」の定義がまったく違うというか、顔見知りと本当の友人の間に、高い壁がある感じです。

一方で、時間感覚はとても厳格です。プライベートのパーティーでも開始・終了の時間がきっちり決まっていて、5分前に来るくらいの感覚。ビジネスの場では特に顕著で、ミーティングの時間管理は日本とは比べ物にならないくらい徹底しています。日本の商談のように「少し雑談して場を温めて……」という感覚は通用しないことが多いです。

確定申告(タックスリターン)も、アメリカでは非常に複雑で、現地に住みながら自分でも勉強しました。日本の確定申告とは異なり、基本的に夫婦合算でのタックスリターンとなりますし、夫婦とも海外資産の開示も必要ですので、お互いの「へそくり」がばれてしまいます(笑)。これは駐在員本人だけではなく駐在妻にとっても着任直後に直面する大きなストレス要因のひとつです。

ビジネスへの示唆: アメリカ市場では、時間管理と効率性を重視した会議進行が信頼の基本です。「根回し」や「様子見」のスタイルは通用しにくく、最初から論点を明確にしてコミュニケーションする姿勢が求められます。また、現地従業員の税務・生活サポートの充実が離職防止にも直結します。


日本企業の「海外対応力」に感じる課題

──海外生活を通じて、日本企業の課題として感じた点はありますか?

駐在妻という立場でも、夫の仕事を間接的に見たり、現地のボランティアや地域コミュニティに参加したりする中で、日本企業の特徴が際立って見えることがありました。

まず、意思決定の遅さです。稟議に回すものが多すぎて、現地で「今すぐ動く」という判断ができない。現地スタッフや取引先からすると、「なぜこんなに時間がかかるのか」と不満につながることも多いです。

次に、新しいものを積極的に取り入れるリスクを過大視する傾向があります。特にAIツールの活用において、日本企業はアメリカ企業と比べて明らかに出遅れています。「社内ルール上使えない」「承認が下りない」という壁が多く、現場の担当者が非効率な作業を続けざるを得ない状況が生まれています。

そして紙文化です。2020年代になっても、紙の書類・捺印・郵便でのやり取りが多い。現地の企業や取引先からすれば、これは非常に奇異に映ります。実際に「なぜ紙でしか対応できないの?」と取引先から直接聞かれた、という話を複数の駐在員から聞きました。

これらは日本国内では「慎重さ」として評価される側面もありますが、海外の現場では「遅い・使いにくい・非効率」という評価に変わります。海外展開を本気で考えるなら、意思決定プロセスと業務ツールの見直しは避けて通れない課題だと思います。


駐在妻コミュニティから見えた「人の心理」

──各国の駐在妻コミュニティは、どのような雰囲気でしたか?

これが国によってまったく違うんです。

ロシアでは、生活情報がとにかく必要でした。どこで何が買えるか、どの病院が対応してくれるか、ロシア語でどう表現するか。生存本能に近い「知恵の共有」が生まれやすく、自然とコミュニティが温かくなりました。

シンガポールはその逆で、一人でも十分に生活できる利便性があるからこそ、深くつながりすぎないほうが楽、という空気がありました。距離を取ることが一種の暗黙のルールになっていた印象です。

アメリカはその中間。程よい距離感を保ちながら、必要に応じてつながる、という関係が多かったように思います。

この違いは、そのまま「現地駐在員のマネジメント」に応用できます。生活環境が不便な地域に赴任する駐在員は、帰属意識と相互扶助のニーズが高くなりやすい。一方、利便性の高い地域では、個人のプライバシーと自律性を尊重する文化が必要です。


「子どもと家族」という、見えにくいリスク

──駐在中の子どもや家族についても、課題を感じることがありましたか?

これは本当に重要なテーマです。海外展開において、現地スタッフや駐在員の「見えないコスト」として、家族のメンタルケアが軽視されがちです。

子どもがいる家庭では、現地の学校への適応、言語の壁、帰国時のカリキュラムのギャップなど、教育面での不安が常につきまといます。「急遽帰国しなければならなくなったとき、子どもの学校や友人関係はどうするのか」という問題は、当事者にとっては切実です。

また、精神的に参ってしまって帰国せざるを得なくなった家族を、複数のケースで見ました。それは本人だけでなく、家族のサポートをしきれなかった従業員本人のパフォーマンスにも影響します。

家族を支えることの大切さは理解されていますが、私が大事だと思うのは「精神的に自立した個人」を育てることです。海外生活はどうしても孤独感と戦う局面があります。家族の支えをベースにしつつも、個人として自分の拠り所を持つこと──趣味でも、学びでも、ボランティアでも──が、長期的に現地で輝き続けるために不可欠だと思っています。


ボランティア活動から学んだ「モチベーションの本質」

──現地でボランティア活動もされていたとのことですが、何か気づきはありましたか?

アメリカでボランティアに参加したのですが、そこで受けた衝撃は今でも覚えています。誰も給料をもらっていないのに、皆が時間以上に働くんです。また、子供の通う学校のボランティア活動には、びっくりするぐらい皆さん積極的に参加されます。ボランティアを募集すると、わずか数分の間に枠が埋まってしまいます。

日本の職場では、「言われたことをちゃんとやる」という感覚が強いですよね。でもボランティアの現場では、誰かに言われなくても主体的に動く。それはなぜかというと、「自分がやりたいからやっている」という動機の純粋さがあるからだと思います。

これを見て、「仕事でもこの状態を作れたら最強だ」と感じました。海外のスタッフは特に、「なぜこの仕事をするのか」「どんな価値があるのか」という意味付けを非常に重視します。ただ指示を出すだけでは、なかなか動いてくれない。ミッションやビジョンを共有し、スタッフ自身が「自分ごと」として感じられる環境をつくることが、海外人材マネジメントの核心だと思っています。


海外在住日本人のFP相談──お金の問題は「生活の問題」

──現在は日本や海外在住の日本人向けのFP相談を中心に活動されているとのことですが、どのような相談が多いですか?

一番多いのは、海外駐在期間中の資産運用についての相談です。特に、NISA口座やiDeCo口座についてのご相談は多いです。また、帰国時における海外銀行口座にまつわるご相談も多いですね。

お金の問題は単独では存在しません。生活費が高騰していて生活が苦しい、帰国後の年金や保険はどうなるのか、子どもの教育費をどう準備するか──これらはすべてつながっています。

海外駐在中の従業員のFPサポートは、企業側が提供できる「見えない福利厚生」です。生活が安定している従業員のほうが、仕事に集中できる。企業としても、優秀な人材に長く現地で活躍してもらうために、こうした支援の仕組みを整えることは非常に有効だと思います。


海外展開を考える企業へのメッセージ

──最後に、海外ビジネスを検討している中小企業の経営者・担当者へのアドバイスをお願いします。

「海外に出る」というのは、製品やサービスを売るだけのことではありません。その国の人々の価値観・生活スタイル・コミュニティに入っていく、ということです。

ロシアで学んだのは「知性と文化への敬意」。シンガポールで気づいたのは「コミュニティの密度とメンタルケアの重要性」。アメリカで痛感したのは「表面のフレンドリーさに惑わされず、時間・効率・意思決定を尊重すること」。

これらはどれも、ビジネスの成否に直結します。そして、意外と見落とされがちな現地の「生活者目線」を知ることが、その国でのビジネスを長続きさせる力になると信じています。

まず一歩として、現地に住んでいる、あるいは住んでいた人に話を聞いてみてください。レポートではわからない、リアルな情報がそこにあります。

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